【2014年】

◆【中国中央TVが「記念館」を取材】

 中国中央TV(CCTV)が「中帰連」の取材で来日し、6月21、22日に記念館にも取材に来ました。監督、カメラマン、助手、通訳の4人に、記念館会員で明治学院大学教員の張宏波さんも通訳として両日ご協力下さいました。
 21日は記念館の取材、22日はさいたま市在住の元中帰連・稲葉績さんと、松村高夫理事長が所用のため事務局長の芹沢昇雄さんがインタビューを受けました。

 記念館の取材は建物の外観から、内部、資料などを撮影しました。稲葉さんは加害体験や管理所体験だけはなく、戦後も軍命で山西省に2600名の仲間と共に残留させられ、3年8ヶ月も八路軍と闘った経験があります。しかし、帰国すると上官の「命令はしていない」との証言が採用され、戦後の戦いで戦死した560名人と共に、逃亡兵扱いで恩給も出ませんでした。(『終わりなき闘い』稲葉績・著)
 芹沢さんのインタビューではなぜこの様な運動に参加するようになったか、そのキッカケや今までの人生、平和への思いや価値観、また、中国や中国人への要望や感じることなどの質問がありました。
 取材班は6月16日には北大で公演された『再生の大地』合唱団の取材や、この後、岐阜の元中帰連・西尾克巳さんの取材に向かいました。

【 「正義のためのハーグ国際研究所」が来館・取材】

 イギリスとフランスで日本を紹介している月刊誌のフリーペーパー『ZOOM JAPAN』の『中帰連平和記念館』の記事(下記をダウンローロ)を読んで、オランダの『正義のためのハーグ国際研究所』研究員のマリーニ・ラクサミナラヤンさんが11月9日来館しました。

  【松村理事長(左)とマリーニさん】

 当日は午前中に理事会がありましたが、午後からの勉強会『中帰連に学ぶ会』を傍聴し、その後、松村理事長が2時間ほどインタビューを受けました。また、前日の8日には東松山市の『原爆の図・丸木美術館』をご案内し、その後、同市内の南京大虐殺や従軍慰安婦の表記を削除した『埼玉県平和資料館』の現状を見て戴きました。(11/15)

◆『第8回 国際平和博物館会議』参加(2014/8)

 世界各地で3年に1度開かれている『平和ための博物館・国際会議』が9月19~22日の4日間、韓国・ノグンリで開催され松村髙夫理事長と芹沢昇雄事務局長が参加・発表して来ました。

 ノグンリは韓国のほぼ中央の地方に在り、朝鮮戦争中の1950年7月アメリカ軍が南部へ敗走する中で民間人約300人余りを虐殺した「ノグンリ虐殺事件」の現場(左写真)です。米第

25師団長ウィリアム・B・キーン少将による7月26日の「戦闘地域を移動するすべての民間人を敵とみなし発砲せよ」という命令に基づき行われたが、40年余り隠蔽され米は現在も「偶発的」と主張しています。

  現在、現地にノグンリ平和公園が整備されその公園内に『ノグンリ平和記念館』が建てられ、事件の説明や展示がされ、韓国人も多くの犠牲となった「ヒロシマ」の原爆被害も展示されている。また公園内の一角に『ノグンリ平和教育館』が建てられ今回の国際会議はここで開かれました。

(左「会議資料集」日本語版)

              【全体会議】

 会議には35ヶ国25団体170余名が参加、日本からも60人が参加し、全体会議や分科会で43人の報告・発表がありました。日本からは丸木美術館、wam(女たちの戦争と平和資料館)、立命館大学国際平和ミュージアム、無言館・・・どが発表し、記念館は松村髙夫理事長(慶応大学名誉教授)が英語で、芹沢事務局長が話に合わせた写真をプロジェクターで映写しながら発表しました。

 wamの池田恵理子さんの発表の中で慰安婦について不適切な通訳があり、会場から松村理事長が挙手をし、朝日が誤報を認め謝罪したのは『吉田清治氏の証言の間違いと、慰安婦と挺身隊の混同』の2点のみについて謝罪したのであり、従軍慰安婦(日本軍慰安婦)の存在を否定したものではないことをキチント伝え欲しいとの要望し訂正(修正)しました。

        【「ノグンリ平和記念館」前の記念撮影】

 参加者には軍隊を廃止したコスタリカからの報告もあり、分科会では日本国内からは16団体の発表がありました。19日の会議冒頭では同行した『悪魔の飽食合唱団』が合唱を披露し喝采を浴びました。他にもパネル展示などもありました。

 私たちは会議前の16日から韓国入りし『済州島4・3事件』や『光州5・18事件』の墓地や記念館にも寄り、会議最終日には国境の「イムジン河」も訪ねました。尚、採択された「平和宣言」と松村理事長の発言要旨はをクリックして下さい。

『発言要旨』.pdf
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『英文発表要旨』.pdf
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『平和宣言』.pdf
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◆「香港フェニックスTV」が来館取材

中国の香港フェニックスTVが中帰連や記念館取材のため、5月12にディレクタの陸璐さんやカメラマンなど4名で来日、記念館には5月14日に来館し記念館の外観の撮影から始まり館内や、戦犯法廷の「判決文」の原本や管理所収容時代に元中帰連の皆さんが書いた直筆手記の「原本」などの取材・撮影をしました。 山西残留組の稲葉績さん(中帰連)や姫田光義・受け継ぐ会代表、石田隆至さん(記念館理事)のインタビューをし、翌15日に渡って「記念館」の取材をしました。

稲葉さんは戦後も武装解除もせず軍命令で軍閥の閻錫山軍に2600名の仲間と共に参加し、八路軍と戦い、後に八路軍の捕虜・戦犯となり56年の特別軍事法 廷で「起訴免除」と罪を赦され帰国しました。しかし、帰国すると現地解散になっており「勝手に残った」との元上官の証言が採用され、稲葉さんたちの「命令 だった」との主張は受け入れられませんでした。その戦後の戦死者560を含め「敵前逃亡」扱いで恩給も出ず、裁判でも元上官の澄田中将らの証言が 入れられ敗訴し『蟻の兵隊』の映画にもなりました。(稲葉績著『終わりなき闘い』)  

 他に、元中帰連の高橋哲郎さん(東京・元事務局長)、西尾克巳さん(岐阜)、絵鳩毅さん(神奈川)を取材し、中帰連千葉支部が八日市場に建立した「中帰連碑」(謝罪碑)を 取材して帰国しました。この「中帰連碑」は少年隊員として731部隊の証言を続けてきた篠塚良雄さんが尽力し中帰連千葉支部が建立した「謝罪碑」(「碑文」下記)ですが、残念ながらが4月20日に逝去されました

日中間がこんな状況故、加害・虐殺を前面に出さず、「管理所」で何があり中帰連の皆さんがどう変わっていったかを併せて取り上げて欲しいと要望しました。(5/30)

◆朝日新聞報道について、総会で「声明文」採択

朝日新聞4月28日付7面『中国、旧日本軍史料の「再発掘」進める 対日圧力を強化』の記事に対し5月25日、総会で下記の『声明文』を採択し松村高夫理事長、姫田光義館長と総会の名で5月28日に朝日新聞東京本社宛に送達しました。


                      旧日本軍史料の積極的公開を支持し、
              歴史の事実に立脚した日中関係の発展を求める声明

  朝日新聞2014年4月28日付の「中国、旧日本軍史料洗い直し 対日圧力を強化、研究者から懸念も」を見出しとする記事は、中国の吉林省档案館が旧日本軍による戦争犯罪の証拠となる一次史料を新たに発掘したという発表を伝えています。
  「NPO中帰連平和記念館」を運営する私たちは、日本の戦争犯罪に関する歴史史料の公開を歓迎しています。同時に、朝日新聞さえ中国側による資料公開をもっぱら日本に対する外交的圧力という文脈で報道している姿勢に、深刻な懸念を覚えずにはいられません。
  私たちは歴史史料の分析を通じて、日中双方の市民が歴史の事実を共有し、真の信頼関係を築けるよう努力してきました。それは当記念館を設立した旧日本軍人ら戦犯の歴史的経験に基づいています。かれらは撫順・太原戦犯管理所において自身の中の中国への差別意識や自らのゆがんだ優越意識を克服しました。それはかつて自身が行ったことを、具体的な事実に基づいて再検証し、客体視することによって可能になりました。そして彼らは、この経験をもとにして、帰国後も戦場で体験した事実を語り継いできました。そうした語りが日本の加害の側面を次第に明らかにし、加害者と被害者との間に一定の信頼関係を生むことにつながってきました。だからこそ、当館は元戦犯たちが遺した戦争体験に関する一次史料を保存し活用する等の活動を続けてきたのです。また私たちの他にも、日本の数多くの研究者・市民が、公開された史料に基づいて、歴史事実を究明してきました。このような努力こそ、日本と中国の市民レベルでの深い信頼関係の樹立につながるものだと確信しております。
  こうした観点からすれば、今回の吉林省档案館による史料公開は歓迎すべきことです。これを期に日中間の共同研究が一層進むことになるでしょう。しかし、朝日新聞の記事は、こうした中国の史料公開を、安倍首相の靖国参拝に対する「対抗措置」、あるいは「対日圧力」の強化の表れであるともっぱら位置付けています。
  いま求められていることは、このような歴史の事実を明らかにする対話を、日本と中国の市民の間でさらに積み重ね、信頼関係を築いていくことではないでしょうか。中国における史料公開を、政治的脈絡でのみでとらえるのは、一面的で短絡的な報道と言わざるをえません。
  現在、日本と中国や韓国との関係が対立局面に入っているのは、こうした対話の努力の蓄積を無視し、歴史事実を受け入れない動きが、日本側から生じていることに大きな原因があると考えます。
  当記念館としては、史料の公開をいっそう積極的に推し進め、両国の研究者や市民らが共同して歴史事実を解明していくことが、着実な友好への道であると考えます。このことは、日本社会自身が過去の事実や過ちに目を向け、それに基づいた自己像を確立し、成熟していくうえで不可欠な取り組みであると考えます。朝日新聞社が記事の内容を再検討し、日本と中国、そしてアジアの未来につながる視点を持つ報道に反映されることを強く要望します。
                                                  2014年5月25日
                                                  NPO中帰連平和記念館2014年度総会にて                                                                   

【元中帰連・稲葉さん都内の大学で講演】

都内の大学で2014年1月15日、元日本人戦犯・稲葉績さん(90歳)が90分授業のなかで、自らの体験を明治学院大学の石田隆至さんの司会で教員志望の50人余りの学生に講演した。

 稲葉さんは学徒出陣組で軍では通信隊の中隊長(少尉)で、戦後も武装解除せず中国・山西省に残され、内戦で八路軍と戦っていた閻錫山の山西軍に参加し3 年7ヶ月も戦い続けた。結果として稲葉さんは八路軍に捕らわれ永年収容所に2年収容後、太原戦犯管理所に収容され命を救われた。

戦況不利だった山西軍が日本軍の力を借りるため、閻錫山が一部残留を帰国の条件とし高級参謀今村方策大佐の命令で2600人が残された。この密約に関わったのは第一軍司令官・澄田睞四郎や参謀長・山岡道武らだが、彼らは部下を残して飛行機で日本へ脱出したが、この戦いで560名の戦死者を出してい。

 戦後も戦ったことを考えるとげると稲葉さんたちは二重の罪を犯したが、「太原戦犯管理所」に収容され人道的扱いを受け、認罪し「鬼から人間」に戻り56年の軍事裁判で「起訴免除」とされ帰国を許された一人だった。
 戦後、東京裁判やアジア各地でのB,C級裁判で約100人が処刑されているが、この56年の中国の『特別軍事法廷』で周恩来は判決文を3回も書き直させ一人の無期も死刑も認めず、戦犯約1000人のうち起訴されたのは45人だけで、他は「起訴免除」とされ釈放帰国を許された。起訴された45人もシベリア抑留の5年と戦犯管理所の6年が刑期に参入され刑期満了前に帰国を許されている。

 しかし、稲葉さんは帰国すると「逃亡兵扱い」で560名の戦死者を含め軍人恩給も支給されなかった。裁判もしたが途中で逃げ出した澄田や山岡らの『命令はしていない。勝手に残った』とのウソの証言が採用され敗訴した。戦後も武装解除せず戦ったことが「ポツダム宣言」違反になるからと言われている。稲葉さんも過日話題になった映画『蟻の兵隊』の一人だった。稲葉さんは金が欲しいのではなく戦死者を含め「逃亡兵ではないと名誉を回復したい」と長い間悔しい思いをしている。

 講演後、熱心な学生数人が講演後も講師控え室を訪れ質問をしていました。稲葉さんは若い人が関心を持ち熱心に聴いてくれたことを非常に喜んでいました。(2014/1/28)

◆「戦争遺跡保存全国ネットワーク」参加

 明治大学生田キャンパスで2014年8月16~18日に、第18回『戦争遺跡保存全国ネットワーク』シンポジウムが開催され、全国から510人が参加し24団体から発表がありました。冒頭に姫田光義実家王維院長の挨拶があり、「記念講演」には『アジアの平和と日中関係のこれから』と題し丹羽宇一郎さん(前中国大使)の講演などもありました。「中帰連平和記念館」からは芹沢事務局長が記念館の近況を報告しました。(写真「全体集会」)

【記念館資料「大阪・朝日」が報道】

 『朝日新聞』大阪本社社会部の記者が、軍事評論家の藤井治夫さんの死亡を知り、その資料が「記念館」に寄贈されたことを知り、藤井さんの秘書を長く務めた福好さんも伴って来館下さいました。福好さんには資料の「重要度」も判断して戴きました。後日「資料紹介」記事(13.11.9大阪本社版夕刊「社会面」)を大きく報道戴きました。その記事の中で「中帰連と記念館」や松村理事長の紹介なども書いて下さいました。(2014.2.13)

◆講演「戦争はどう記憶されるか」

日時:5月25日(日)13:30~16:30
場所:「中帰連平和記念館」(下記を参照下さい)
テーマ『戦争はどう記憶されるか』(柏書房刊)

講師:伊香俊哉先生

   (都留文科大学教授・文学部 比較文化学科)

 

 いまも繰り返し問題とんる日中両国の歴史認識のズレは、なぜ生じたのか?

 現地調査の成果を踏まえ、日中戦争被害者の記憶と加害者の責任をつなぐ方策を考える。(参加無料)

 

 

◆『ZOOM JAPAN』誌、記念館を取材

 日本文化をフランス語と英語、バイリンガルで海外に日本を紹介している『ZOOM JAPAN」』誌の ジャンニ・シモーネ記者が4月12日、カメラマン同伴で取材・来館しました。

松村理事長(左)とシモネー記者夫妻(中央)
松村理事長(左)とシモネー記者夫妻(中央)

 5月の特集は「日本歴史認識と教科書問題」とのことで、館内や資料紹介の他、当日は松村高夫理事長にも対応戴きました。
 このホームページなども見てある程度「中帰連」を知っており、知識を持っているようでした。現状の日本の政治や社会ををどう思っているか、なせ日本人は怒らないのかなどの質問があり、「日本人は大人しい」との印象を持っているようでした。
 日本は「外圧」に弱く、私たちの活動を是非広く世界に発信して欲しいと思います。長年日本に住み日本語の上手な方な記者でした。(2014.4.1)

『ZOOM JAPAN』.pdf
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